■結婚、そして家族、さらに奄美大島という環境
とうとうこの日が来た。このエピソードもなかなかの回数を重ねた後、ここに辿り着いたという感じでしょうか。
久しぶりに書いた長文で少し困惑ぎみですが、今回が最終章となります。
賢ちゃん盛り沢山で書いてきたのですが、今回は書き残すことがないくらい彼のことを書いていこうと思います。
では始めましょう...。
前エピソードからの時間が流れる中で、時折電話でお互いのことを話してはお互いの住んでいる場所を往来する年月が続いた。
その期間中には僕と賢ちゃんの環境も変わり、ある時期賢ちゃんは熊本から奄美大島に帰っていったのだった。
その報告の際にも「ちょっと大工になって、美和ちゃんと僕の家を建てるために帰ります」と実に彼らしい言葉だったのを憶えている。
「家を建てる」という言葉にするのも難しい現代社会の中で、彼はあっけらかんと話してきたのだ。
この御時世、大抵の人は「そんなことなかなかできないよ」と思われがちだろうが、彼が言うとなんだか現実味があった。
もちろん僕は「おっ、そうか、良い家できるとえぇね。今度招待してや」と伝えた。
それから数ヶ月後、結婚式の招待状が自宅に届く。
早速届いたと電話で伝えると意外にも「届きましたか!そういえば家できましたよ!西山さんだったら頭当たるかも」と返してきた。
「えっ!できたん!!??」あまりに早すぎる彼の行動に思わず笑った。
電話を切って数週間後、台風と予報されていたのにも関わらず、
何故か直前で台風の速度が上がりこれまた絶妙なタイミングで奥さんと一緒に奄美大島に降り立った。
さすが「幸 賢一&美和ちゃん」。何かもって生まれた才能なのか、この二人が揃うと自然にも打ち勝つパワーがあるのか。
ここまでくると笑えてくるのが正直な気持ちで、少し笑みを浮かべながら到着ロビーを抜けた。
もちろん空港では賢ちゃんがお出迎え。東京の秋を感じる気候とは裏腹に蒸し暑い夏を感じる奄美がそこにあった。
そこからはもう賢ちゃんの名所案内の連続。仕事はどうしたのかと聞くと「用意が大変なんで休んでますよ~」と答える賢ちゃん。
歯止めが利かない案内の連続の途中、さらなる彼のルーツを知りたいと思い、賢ちゃんの実家に案内してもらった。
初めて行く賢ちゃんの実家は、初めてにも関わらずどこか懐かしい印象を受けた。本当に不思議な気持ちだった。
奥から賢ちゃんのお母さんが笑顔で「あ~西山さん!会えた~」と元気にご挨拶。
幸家で僕の噂はかなりしていたようで、お母さんから見ても僕と初めて会った気がしなかったように感じた。
そうこうしていると何だか懐かしい眼差しでこっちを睨む体裁の良いおじさんが登場。
そう、あの賢ちゃんに初めて出会った日、こちらを睨みつけているような印象を受けたあの日の賢ちゃんの姿と鮮明に被り、
そのおじさんこそが賢ちゃんのお父さんだと確信した。
もちろんお父さんも賢ちゃんと同じくして話しだすと止まらない、とても気さくで笑顔が素敵な方だった。
盛り上がっている話を賢ちゃんが切り上げその日はお別れしたのだが、ご両親や兄弟に会うことで賢ちゃんと関わってから今までの出来事などが全て繋がった。
そして挙式当日。もちろん快晴。
写真を撮って下さいと前日に伝えられていたので用意していると、また電話が...。
「西山さん、すみませんが親族が集まる写真も撮ってもらえますか?」と賢ちゃん。
「え!あの大切な家族写真的なもんか?」と僕。
すると「そうです、西山さんに撮ってもらえると助かります!」
この下りから断る理由もなく快諾し、会場に急いで行った。
会場に着き、落ち着く暇もなく賢ちゃんの神前式は始まり、家族写真の時間も無事終えた。
大切な友人の結婚式ということで、それはもうお酒を摂取しまくろうと意気込んで奄美に降り立ったのだが、
気づけば大切なお仕事の方に意気込んで無我夢中で撮影した。
写真を撮り終え、カメラを置き、一安心で披露宴の指定の席に座るや否や宴会は始まった。
タイトな進行の中、バタバタで撮影していたのもあり、お酒を摂取し気持ちを落ち着かせていると気づけば披露宴も佳境を迎えていた。
ふと我に返り、何かを思い出したかのように気づけば一度置いたカメラを取りに控え室に戻り、カメラを準備をし急いで披露宴会場に戻った。
その頃には結婚式のメインイベントでもある新郎新婦から両親への手紙のシーン。
本当に心の籠った内容の手紙を読み上げ、次に両親から新郎新婦への挨拶。
内容はここに書ききることができないが、心を打ち抜かれたような手紙の内容にただただ涙した。
チラチラこちらを見る賢ちゃんへの照れ隠しなのか、
僕は涙で曇ったファインダー越しに無我夢中で賢ちゃんの素敵な家族の写真を撮影した。
一言一言がとても重く、僕の背中に押し寄せてくるのを感じつつ、シャッターを切っているような切らされているような不思議な感覚。
数分間の挨拶だったと思うのだが、数十分にも感じた。
本当にこんな不思議な体験をしたことはカメラを持ち始めてから無かったと思う。
そしてこんなにも不思議な経験を賢ちゃん達はまた僕にさせてくれたのだ。
式が終わり、僕は賢ちゃんを見ると我慢している涙が溢れる確信があったので意識的に賢ちゃんとの距離を保つようにしていた。
それを感じたのかどうかはわからないが、逆に詰め寄ってくる賢ちゃん。
もちろん彼も僕を見ると涙が溢れてくるのは言うまでなく、お互いよくわからない状態になるというのに何故彼はこっちに来るのだろうとすら感じていた。
近くに寄ってくるなり、お互い言葉がでない様子で、ただただ握手を交わす。
賢ちゃんは涙でよく話せない状態で僕の手を握り頭を下げる。
深々と頭を下げた賢ちゃんから「ありがとうございました」という言葉にも勝る感謝の気持ちを感じ取った。
何度も何度も心に響かせてくる感謝の気持ち。ただただそれだけが僕の頭で埋め尽くされ二人で泣いていた。
人と交わす挨拶や感謝の気持ちや言葉に態度。どこまで相手のことを考えるかは、その時々で違ってはくるが、
少なくとも心から何かを伝えようと意識し、発する言葉というのは相手にどう伝わるかは別として絶対に自分は幸せになれると思う。
賢ちゃんを見ているとそう感じるし、これからもそうあり続けると思う。
僕の場合は偶然なのか必然なのかはわかりませんが、賢ちゃんという人からこれらの大切さを教わりました。
彼と出会い、彼の文化を知り影響されることで人生は数倍楽しくなり、これからもこれは続いていくと思っています。
皆さんの身近にも僕ら仲間にとっての賢ちゃんのような素敵な存在はおられるのではないでしょうか。
もしそんな方がおられたなら、普段よりも意識してみる挨拶やアクションを試してみてはどうでしょう。
始めはちょっとしたことでも、気づけば自分の人生においてとても豊かな経験へと繋がる第一歩なのかもしれません。
僕にとって幸君もそうですが、スケートボードとの出会いがこの第一歩だったように思います。
賢ちゃん本当にありがとう!そして賢ちゃんと出会うキッカケをくれたスケートボードに感謝と敬意の気持ちを送ります。
最後になりましたが、賢ちゃん、美和ちゃん、末永くお幸せに!そしてなにより家族を沢山増やして下さい。「幸」は多いにこしたことはない。
自分へ今の気持ちを残したいという一心で書いていたにも関わらず、
こんなに長い文章を読んでいた方がおられたなら心から感謝の気持ちをお送りします。
本当にありがとうございました。
【補足】
賢ちゃんのお母さんから少し不思議な事を聞きました。
スケートボードを始めた頃の賢ちゃんはどうでした?との質問にお母さんは
「良かったね~あのときの経験が活かせて」と不思議な答えが。
何の経験ですか?と聞くと
「賢一は昔近所でボードを始めた頃、わざとよくコケてたんですよ」
ちょっと??となったが、彼の大きすぎるステアーでのコケ方(受け身)は、この頃に完成していたのを知った。
スケートに乗り始めた少年が何よりも魅力的なトリック達を練習する前に
人が一番面倒だったり、怖がるコケ行為を練習をしていた事自体に本当にビックリした。
確かにスケートが上手い人はコケるのが上手い。これはまた何かありますね。
最後に賢ちゃんと2003年に作ったスポンサーミービデオもチェックしてみて下さい。
<これまでの流れ>
■出会いそしてチャレンジ
■チャンスを引き寄せるためには自分から動き、タイミングも自分から合わせる精神
■周りを自然と幸せな気持ちにさせる(挨拶精神)
■なによりひとまず影響されてみるという精神
■彼を幸せにする彼女の存在
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